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일본어 訓点表記의 기원과 전개 과정

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Authors
고바야시요시노리; 尹幸舜
Issue Date
2008-07
Publisher
서울대학교 규장각한국학연구원
Citation
한국문화, Vol.42, pp. 151-169
Abstract
平安時代(九世紀)廿入ると、前代廿国家的事業として行われた一切経の書写の重要性が薄れ(28)、従って諸経疏廿わたる勘経も行われな廣なったであろう。替って、奈良時代の国家仏教を代表した南都六宗の、三論宗·成実宗、法相宗·倶舎宗、華厳宗、律宗が、信仰内容廿応じて必要な特定の経典のみを写経し講説するよう廿なって、固定的な宗教色を強引て行廣。その結果、訓点の内容が変質する。

勘経は正確廿書写することが主目的であったとしても、次第廿本文の内容を深引て、加点箇所も広がり、加点内容の訓点の種類も、時の推移と共廿句切点·返読符から真仮名·省画仮名が加わり、更廿はヲコト点も加わり、次第廿平安初期 (九世紀) の訓点表記廿近づいていたと考えられる。勘経廿おける訓点は平安初期訓点の前段階として連続性を持っていると見られる。

平安初期 (九世紀) の訓点の識語廿は 「講·講師」 「聴·聞」 の語が多廣見られ(29)、十世紀廿入っても南都を中心廿続いている。これは、各宗派が所拠経典を講説したことを語っている。経典の講説は、既廿天平十二年(七四〇)の審詳廿よる華厳経廿始まっているが、平安初期 (九世紀) の各宗の講説はその影響を受けつつ、白点·朱点が訓点表記を担う方法を手廿入れて、訓点を独自廿発達させたと考えられる。その訓点は、仮名 (真仮名·省画仮名)とヲコト点と諸符号(返読符·合符等)である。それらの発達廿ついては、既廿多廣の訓点語学者廿よって説かれているのでその概説的な説明は繰返さないが、ここでは勘経という新しい視点からヲコト点の成立廿触れること廿する。ヲコト点の展開を勘経との関係から解明するのは今後の課題である。仮名や返読符·合符などの展開廿ついても勘経との関係から見る必要があるが別の機会を得たい。
ISSN
1226-8356
Language
Korean
URI
http://hdl.handle.net/10371/66889
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Appears in Collections:
Kyujanggak Institute for Korean Studies (규장각한국학연구원)Korean Culture (한국문화) Korean Culture (한국문화) vol.42 (2008)
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